神戸簡易裁判所 事件番号不詳 判決
主文
被告人尹乙出を懲役一年六月に
同李夢用を懲役一年二月に
同高南光を懲役拾月に、処する。
訟訴費用は被告人三名の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人尹乙出は昭和二十三年三月頃より塵船人夫等をなし昭和二十九年三月二十三、四日頃より神戸市兵庫区新川尻所在高田商店の塵船に乗り込む様になつたもの、被告人李夢用は昭和二十八年九月頃広島刑務所を仮出獄後右高田方の塵船人夫として雇はれて居たもの、被告人高南光は昭和二十八年四月頃から海女として神戸港内の鉄屑等を拾ひ上げたりして生活して居たものであるが、右被告人三名は昭和二十九年三月二十五日午前八時頃より、海女であるデブこと康甲順と共に前記高田方の塵船に乗り込み神戸港第二突堤付近に漕ぎ出し海底のスクラツプ等を拾ひ上げたりして居たが同日午前十一時頃右第二突堤岸壁付近に居た高橋清光より「ドングロスに包んだベアリングを此の辺の海中に落したから引揚げてくれ、引揚げてくれたら三千円、見付からなくても二千円の礼をするから」との依頼を受け、これを協議承諾の上、船を同岸壁東側突端に回した上、海中への投石により物件所在場所の概括的指示を得たのであるが、その頃被告人尹乙出が、「買出の男はベアリングと言うが時計に違ひないからうまく持ち去らう、発見したらそれを他の場所へ隠しておき品物はないと言つて揚つて来い」と言う趣旨の発言をしたのを機として茲に被告人三名は前記康甲順と共に右物件の窃取を共謀し、次いで庶幾の如く被告人高南先及び右康甲順において潜水し、被告人高南先は同物件を海底に発見したが、これを同岸壁直下付近の泥中に隠匿し置いて浮上し、被告人等は順次交互に右物件不発見の旨前記高橋に申し向け、金二千円の謝礼を受取り一旦高田方に引き返したのであるが、同日午後二時頃前記隠匿に係る右ドンゴロス包みを持ち去るべく再び第二突堤付近に赴いたところ意外にも未だ同所を立ち去らぬ高橋他二、三名の人影を認めたので被告人李夢用においていかにも親切らしく再度潜水探索すべき旨右高橋に伝へ、なお目障りになるとの理由を以つて高橋等を同所付近の倉庫のかげに立ち去らせ置き、被告人高南先において早速潜水の上前記隠匿に依る物件をロープに結びその合図によつて被告人尹乙出或は同李夢用はこれを引き揚げ被告人高南先の浮上を俟つて船の機関を始動し、右ロープに結着せる前記物件を僅かに水中に保ちつつ急遽神戸港第四関門灯台付近まで逃走し、右高橋等において事実上支配せる前記物件即はち外国時計約九百個在中のドングロス包み一個をその支配外に持去り以つてこれを窃出したものである。
(証拠の標目)(省略)
(弁護人等の主張に対する判断)
本件について各弁護人の主張するところの要旨は、本件の外国時計在中のドングロス包みは密輸入に係る物件或はその疑の十分ある物件であつて、沖に碇泊する外国船より秘かに揚陸する所謂買出仲間が揚陸の際誤つて海中に落したかもしくは官憲の追求をのがれるため故らに投棄した物件かいづれかであつて所有者は不明であり高橋等が右物件を海底より引き揚げるべく奔走して居たとしても同人等は右物件の所有者が誰であるかも知らず、又物件所在個所についても現認して居らず明確なる認識を欠き剰へ右物件は海底に沈下したものであつて潮流等の影響により移動することあるやも知れず、右物件に対する事実上の支配乃至はその可能性を右高橋等が有して居たとは認められないのであつて本件物件は所持の主体を有さぬ、所謂占有離脱物であるから被告人等がこれを持去つたとしても窃盗罪の法益を欠如し同罪の成立する余地はないと言うにある。
仍つて按ずるに前顕各関係証拠を綜合すれば右主張の如く、所謂密輸入の買出仲間が揚陸の際誤つて落したものか或は故らに投棄したものであるかは別として三月二十五日未明十分不正の疑のある外国時計約九百個在中のドングロス包み一個が神戸港第二突堤東側先端付近の海中に落されて居たことを認め得るのであり、又その後まもなく高橋清光、松原秀雄等が、これを引き揚げるべく奔走を開始して居たことも明らかなところであるそこで進んで更に、被告人等が右物件拾得の際右物件が占有離脱物の状態にあつたかどうかに付いて見るのに、被告人等が右物件を探索し且つそれを自己の支配内に移すに至つた経緯については前記判示の通りであつて、被告人等の主観に於いては十分に窃盗罪としての構成要件に該当する事実を認識して居たのであつて、さらばこそ前記判示の如く高橋等に対して所謂小細工を弄し同人等を倉庫のかげに立ち去らせその隙に乗じて急遽ドングロス包みを持去つたのであり、この事実は、被告人等が高橋等の本件物件に対する事実上の支配乃至その可能性を十分に認識して居たことを有力に物語るものである。又一方高橋等は右物件の所在こそ現認して居ないが仲間より伝え聞いたところにより概略その所在の範囲を認識するに至つたのであり、投石等により被告人等に物件所在個所の指示を与へ結局大体その指示に係る場所付近に物件が存在したことは後刻判明したのであるから、高橋等の物件所在個所に対する認識は略々正確なものであつたと言うことが出来るのであり、仮令物件所在が海中なりとするもその一事のみを以て高橋等に所持なし、とするを得ないのであつて物理的にはともかく法律的には善意の労働力の提供を得ることによりその引揚げは可能であつた点、及び現場は神戸港内防波堤の内側であつて大洋の最中と異なり潮流による海底の物件の移動の可能性は余程の気象の変化でもない限り一般経験則上少いと認められる点、更には高橋等に右物件支配の意思の存したことは明白である点等よりすれば高橋等の右物件に対する事実上の支配を認むべきであり、少くとも事実上の支配の可能性の存した状況は明らかであると言うべきである然るときはこれを以つて賍物の所持と言うも妨げなく、仮令禁制品或は賍物に対する所持であつても賍物の所持である以上、これを侵害して前記物件を持去つた被告人等の所為は窃盗罪を以つて論ずべきものと判断する。
本件物件は遺失物法に所謂遺失物漂流物ではないのみならず他人の置き去りたる物件(犯人の置き去りたる物件を含む)でもなく、又誤つて被告人等の占有に帰したもの或は隅然被告人等の占有に帰したものでもない。仮に被告人等に有利に解釈して本件物件が一旦は占有離脱物の状態にあつたものとして見たところで、被告人等がそれを拾得する際には既に高橋等の事実上の支配乃至はその可能性の範囲に属し被告人等以外の者によつて占有されるところとなつて居たのであるから、これを自己の支配内に移すについて刑法第二百五十四条の罪の成立する余地はないから結局各弁護人の上記主張を採用することは出来ない。
(法令の適用)
被告人三名に対し夫々刑法第二百三十五条、第六条。
刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条。
仍つて主文の通り判決する。(昭和三〇年三月四日神戸簡易裁判所)